『夏の庭と冬の庭』は『美女と野獣』にそっくりなグリム童話!

『夏の庭と冬の庭』という、『美女と野獣』にそっくりな物語がグリム童話の中にあります。

『美女と野獣』といえば1991年にディズニーがアニメ化し、実写映画になったりディズニーランドのアトラクションにも加わったりと、今でも根強い人気を誇る作品ですよね。

そんな『美女と野獣』に似ている物語は、グリム童話の初版にのみ収録されています。

『夏の庭と冬の庭』というタイトルのこのお話は、ディズニーアニメの原作でもあるフランス文学の『美女と野獣』から派生したと言われています。グリム童話第2版以降は削除されていますが、最終版でもKHM088『鳴いて跳ねるひばり』の注釈にさりげなく入っている物語です。

今回はこの、あまり知られていない初版グリム童話の『夏の庭と冬の庭』を、有名なディズニー版『美女と野獣』と比較しながらご紹介しましょう。

目次

物語のカギは「バラ」

まず、物語のカギとなるのは「バラ」です。

どちらの物語にも、美しい花の代名詞、バラが登場します。

ちなみに、バラの花言葉は「愛」です。

ディズニーの『美女と野獣』では、野獣が野獣になる最初のシーンからバラが登場します。

ある晩、美しい王子のもとに醜い老女が訪れ、「1輪のバラを宿代に一晩泊めてほしい」と頼みます。

王子は老女が醜いというのを理由に断りますが、老女は実は美しい魔女でした。

魔法の力を使って、外見で人を判断する王子を野獣に変え、さらに王子をそのように育てた召使いたちも家財道具に変えてしまいます。

そして魔女は、1輪のバラを置いていきます。

バラの花びらが全部散るまでに、王子が人を愛し、人に愛されることを学び、「真実の愛」を見つけなければ魔法は解けない。

その日から野獣とバラは運命共同体になります。

『夏の庭と冬の庭』でもバラが物語のカギを握っています。

ある商人が年の市へ出かけるときに、末娘がおみやげに1輪のバラを頼みます。

季節は冬。

雪の中でバラを手に入れることが出来ません。

ところがある城の前を通りかかると、城の庭半分は「冬」

もう半分はバラが咲き誇る「夏」

喜んだ商人はバラを1輪持って帰ろうとしました。

しかし、きれいな花には刺(罠?)がある……。

野獣が追いかけてきて

「おれのバラを返せ。でないと、おまえを殺すぞ」

と言いました。

1輪のバラのためだけに、そんな仕打ちには合いたくないですよね。

商人は

「娘にみやげに持っていかねばならないのです」

と、野獣に懇願します。

1輪のバラのために命をかける商人。

1輪のバラのために殺意を覚える野獣。

バラはそれほど物語にとって大事な存在なのです。

娘が捕らわれる理由と娘の捕らわれ方

では、グリム版とディズニー版でそれぞれ娘はどうなるのか?

『夏の庭と冬の庭』では、1輪のバラと引き換えに「末娘」が野獣に連れて行かれます。

商人がとった言動の浅はかさがこの悲劇を招きました。

野獣に懇願するとき、商人は自分の末娘が「世界で一番美しい娘」だと自慢してしまうのです。

それを聞いたら、どんな野獣だって「その美しい娘を妻としておれによこせ!」と言いたくなってしまうものです。

物語の野獣も例外ではありません。

商人は

  • (どうせ娘をもらいには来ないだろう)

と考え、野獣の申し出を受け入れました。

まったく、浅はかですね。

1週間後、野獣は約束通り娘を迎えに行き、娘をかついで城へ帰りましたとさ。

約束は約束ですからね。

対して、ディズニー版『美女と野獣』の主人公ベルは、父親を救うため、自分から捕われの身になります。

野獣の城への不法侵入者として牢獄に入れられた父親を探して、城の中へ入り込んだベル。

牢につながれた父親を見つけ、父親を解放する代わりに自分が城に留まることを申し出ます。

グリム童話の娘は、父親と野獣の約束のため、泣いてさらわれる受動的なキャラクターでしたが、ベルは野獣と直接交渉する能動的なキャラクターとして描かれています。

主体性があって、自ら考え行動するところがベルの魅力の1つです。

野獣と娘の真実の愛

では最後に、物語の中で重要なキーワードとなる「真実の愛」について見てみましょう。

『美女と野獣』の魔法が解ける条件はまさに真実の愛そのもの。

ベルが泣きながら「愛してるわ」と言う姿に見とれた人も多いのではないでしょうか。

人を愛すことを学び、ベルに心から愛された野獣は、最後に王子の姿に戻ることができます。

『夏の庭と冬の庭』では、どうでしょう?

ディズニーとは打って変わって、野獣は最初から娘にやさしくしています。

「娘の目を見るだけで、娘が何を望んでいるのかがわかって、なんでもしてやりました」

というくらい、すでに野獣は娘のことを想っていたのです。

目を見ただけで相手を理解できるなんてうらやましい!

愛していないと無理ですよね。

自分に尽くしてくれる野獣を、娘も心から好きになりました。

相思相愛。めでたしめでたし……。

ただし『夏の庭と冬の庭』では、「真実の愛」を得た瞬間でも野獣は野獣のままです。

では、野獣はどうやって王子の姿になるのか?

ある時、娘は父親が病気になったことを知り、家に帰ります。

1週間したら戻ると、野獣に約束して。

ところが、父親の葬儀を終えて娘が野獣のところに戻った時には、1週間がとっくに過ぎていました。

城に野獣の姿はありません。

庭は一面、冬の庭。

娘は悲しみにくれます。

そしてある日、娘は庭に「キャベツ」が一山、積まれているのに気づきます。

キャベツを2、3個ひっくり返すと、下で野獣が命を落としていました。

かなりミステリアスな最期ですね。

それを見た娘が野獣に休みなく水をかけ続けると、野獣が起き上がり……そして、美しい王子になるのです。

なぜキャベツの下で命を落としたのか、なぜ娘がその体に水をかけたのか、突っ込みどころは満載に思えますが……。

しかし、この魔法を解くヒントは、キャベツにあるのかもしれません。

キャベツ(『夏の庭と冬の庭』)
キャベツ

キャベツは古くは野菜というより薬用として用いられ、古代ローマでは痛風や毒キノコの消化にも効果があるとされていたそうです。

キャベツに魔法を解くほどの解毒効果があったのかは解りませんが、グリム童話にも『キャベツろば』というキャベツで変身する物語があります。

意外とキャベツは、物語の中で重要なアイテムなんですね。

なにはともあれ、娘と王子様は幸せに暮らしましたとさ。

まとめ

今回は、グリム童話初版にしか収録されていない『夏の庭と冬の庭』を、ディズニー版の『美女と野獣』と比較しながら紹介しました。

どちらの物語でも、「バラ」がカギとなり、娘は野獣を外見で判断することなく、幸せを手に入れることになります。

『夏の庭と冬の庭』は改訂の中でグリム童話から失われてしまいましたが、『美女と野獣』同様に心の奥底の真実を見ることの大切さを教えてくれる物語です。

余談ですが、2021年7月16日に公開された細田守監督の映画『竜とそばかすの姫』では、竜と歌姫ベルの交流が1991年のディズニー映画『美女と野獣』からインスパイアされたように描かれています。

竜と歌姫がダンスするシーンは、野獣と美女がダンスする有名なシーンを彷彿とさせます。

ディズニーアニメの『美女と野獣』は原作や童話の枠を超え、世界の古典になっているのかもしれません。

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