今回は、グリム童話の初版にしか存在しない怖い童話、『青髭』をご紹介しましょう。
『青髭』は、何人もの女性たちを自らの手であやめ、自分の家の一室にコレクションしていた残酷な男の物語です。
グリム童話の初版は、今から200年以上前の1812年に出版されています。
最初の出版から7回も改訂を重ねて現在の形になったわけですが、初版グリム童話にあって、7版には収録されていない話もけっこうあります。
その中でも『青髭』は有名な童話のひとつであり、残酷さやミステリー要素も強く、人気の高い話です。
この記事では、そんな身の毛がよだち、血の気が引くような本当に怖い童話、『青髭』について深く見ていこうと思います!
『青髭』の原作
『青髭』の原作は、フランスの詩人、「シャルル・ペロー」が書いた『青髭』です。
シャルル・ペローは、『青髭』の他にもグリム童話の原作となった作品をたくさん書いている人です。
『ペロー童話集』もよかったら覗いてみてください。
今回の記事では、グリム童話の初版で削除されてしまった、グリム童話バージョンの『青髭』に注目していきます。
原作の『青髭』と、グリム童話初版にある『青髭』は、詳細は違えど、ストーリーの流れはほとんど変わりません。
ちなみに、グリム兄弟はペロー版の『青髭』を読んで、グリム童話集に入れたわけではありません。
1812年に、ハッセンプフルーク姉妹から聞いたのが最初です(『白雪姫』を聞かせたのも、ハッセンプフルークさんが最初)。
その後ペローの童話と似ていることから、第2版から削除されたと言われています。
それでは、まずは『青髭』のあらすじから見てみましょう。
『青髭』のあらすじ
森の中に男が住んでおり、3人の息子と1人の娘がいた。
そこへある日、6頭立ての金の馬車に乗った王様がやって来て、娘を嫁に欲しいと申し出た。
父親は喜び、すぐに申し出を受けた。
だが、王様の青い髭が恐ろしく、娘はあまり乗り気ではなかった。
不安になった娘は3人の兄たちに、何かあったら助けに来てくれるようお願いをする。
娘は青髭の馬車に乗り、城へと向かった。
お妃となった娘は、青髭から城中の鍵を渡されるが、金の鍵の部屋だけは入ってはいけないと言われる。
青髭は旅に出て、お妃は城の中の部屋を見てまわった。
そして、金の鍵の部屋をどうしても見たくなってしまい、扉を開けたとたん、血がどっと流れ出てきた。
壁には、女の身体がたくさんぶら下がっていた。
お妃はすぐに扉を閉めたが、鍵を血の中に落としてしまい、拭いても取れなくなった。
青髭が帰ってくると、金の鍵の部屋に入ったことがバレてしまった。
青髭は次のターゲットをお妃に決め、包丁を持ってくる。
だが、お妃は最後に祈りたいと願い出て、青髭が包丁を研いでいる間、窓から叫んで兄たちに助けを求める。
青髭がお妃に包丁をつき刺そうとしたとき、兄たちがやってきて、サーベルで青髭を切り倒す。
青髭は他の女たちとともに壁につるされ、財産はすべて娘のものとなった。
『青髭』がなぜ怖いのか
さて、ここからは『青髭』がなぜ怖い童話と呼ばれるのか、そのポイントを細かく見ていきましょう。
青髭という男の謎
まずは、タイトルにもなっているキャラクター「青髭」。
その名のとおり、「青い髭(ヒゲ)」 を持つ男です。
この青い髭については、グリム童話初版で以下のような描写がなされています。
真っ青な髭が生えている以外は、なにもけちの付けようがなかったのですが、誰もがその髭を見るたびに、すこし恐ろしくなりました。
青髭といっても、男性がヒゲをそり残した後に残るあの「青髭」ではありません。
「真っ青な髭」なのです。
なぜ青いのかはまったくもって謎ですが、見た人にある種の恐怖感を与えるのは間違いないでしょう。
ですが青髭は、その風貌が恐ろしいと描写されているにもかかわらず、原作ではすでに数人の女性を妻にしていたことになっています。
きっと、財力で女たちやその父親を魅了したのでしょうね……。
初版グリム童話には詳しく描写されていませんが、その女性たちがどうなったのかは、誰も知らないといいます。
結局は青髭の手にかけられてしまうわけですが、それだけ青髭には女性を魅了するパワーもあったのでしょう。
現代では顔の「青ヒゲ」はあまり良く思われないかもしれませんが、青い髭でありながらも、イケメンだったということでしょうか。
青髭の禁じられた部屋
さて、青髭の城には、「開けてはいけない」と言われた部屋があります。
それが、「金の鍵」の部屋です。
鍵を金にしているくらいだから、よっぽど大事な部屋なのでしょう。
青髭が城を留守にする間、お妃に向かってこう命令します。
「城のどこを空けてもいいし、なにを見てもかまわない。ただ、この小さな金の鍵の部屋に入ることは許さないぞ。もし鍵を開けて入ったら、おまえの命はないからな」
開けたら命がないレベルで禁じられる部屋。
すっごく気になりますね……。
絶対怪しい。
金の鍵であることから、豪華な宝物が隠されているのではないかと、お妃も考えてしまいます。
が、ひとまず、「命令されたことは守る」と青髭に約束します。
青髭が出かけていくと、お妃は部屋という部屋を見てまわります。
そういった普通の部屋にですら、世界中から集められた財産がありました。
これはもう、金の鍵の部屋が気になって気になってどうしようもありません。
鍵は金でできているし、部屋の中にはきっと高価な宝物があるのだろうと、お妃の好奇心はどんどんふくらんでいきます。
“禁じられた部屋” に何があるのかを見たくて、見たくて、しょうがなかったのです。
そしてとうとう、好奇心に負けてしまい、金の鍵の部屋の前まで行ってしまいました。
部屋の前でいったん踏みとどまり、お妃は自分に言い聞かせます。
「わたしがこの部屋を開けたなんて、誰も見てやしないわ」
あさはかな娘です。
ということで、いとも簡単に命令にそむいてしまい、部屋の扉を開けてしまいます。
開けたとたん、どっと流れ出てくる血。
そしてお妃の目に、おそろしい光景が飛び込んできます。
そこには、壁にぐるりとぶらさげられた女たちの亡骸があったのです。
原作によれば、この女たちが青髭の元妻だということです。
まるで蝶の標本のように吊るされる女たち。想像すると怖すぎますね……。
青髭がかけた、ぬぐいきれない血の魔法
本当に怖い光景を目の当たりにしたお妃は、恐怖のあまり、鍵を手から落としてしまいます。
そのとき、落ちた鍵に血がついてしまいました。
部屋に入ったことが青髭にバレないよう願うばかりですが、そううまくはいきません。
金の鍵についてしまった血が、どうしても取れないのです。
お妃は鍵をふいてみますが、血は全然落ちません。こすってみても、やはり落ちません。
片側の血をぬぐっても、裏側にまた血が現れてきます。
何をやってもきれいになりません。
なんて迷惑な鍵なんでしょう。
初版グリム童話にはハッキリと描かれていませんが、ペロー版の原作によれば、実はこの鍵には「青髭の魔法」がかかっているとのこと。
まったく抜け目のない男ですね。
お妃は最終的に、干し草の中に鍵を隠して、難を逃れようとします。
そして翌日、青髭が戻って来ました。
青髭は金の鍵がないことに気づき、お妃を問いただします。
「秘密の部屋の鍵はどこへ行ったんだ?」
お妃の顔は真っ赤。
極度の緊張で、血色がよくなってしまったようです。
苦し紛れに、干し草の中でなくしてしまったと嘘をつきますが、なぜか一瞬にして青髭にバレてしまいます。
「隠したんだ。血の染みを吸い取ってもらおうとして。おまえはおれの命令にそむいて、あの部屋に入った。さあ、こんどはいやでもおまえにあの部屋に入ってもらおう」
怒った青髭は、「次はお前だ!」と言わんばかりに、お妃を恐怖におとしいれるセリフを吐きます。
お妃を自分のコレクションの加えることに決めたのです!
(部屋を見なかったら、青髭の怒りを買うことはなかったのでしょうか……。)
青髭の最期も怖い
とうとう次のターゲットにされてしまったお妃ですが、時間稼ぎの作戦に出ます。
大きな包丁を持ってきた青髭に対し、祈りの時間が欲しいと言うと、別の部屋に行くことが許されました。
その辺は、意外と寛大な青髭です。
ですがその時間、青髭は包丁をせっせと研いでいます。
確実に、やられる時間がせまってきています。
そんな中、お妃は森にいる兄に向って、「助けて!」と叫びます。
どこにあるかもわからない城から叫び声をあげ、森の兄たちにSOSが届くのだから、童話の世界はすばらしいですね。
兄たちは馬にのって城へやってくるのですが、その間にも青髭はせまってくる一方。
包丁を持って、お妃の部屋へ上がってきます。
「もう少しお祈りさせてください」というお妃の声も、今度はまったく耳を貸しません。
部屋までたどり着いた青髭は、お妃の髪の毛を引っ張り、心臓に包丁を突き立てようとしました……。
この瞬間、3人の兄たちが助けにやって来ました!
兄はサーベルを引き抜いて、青髭をやっつけます。
そして青髭は、自分が手にかけた女たちの身体とともに、同じところに吊るされてしまうのです。
自らもコレクションの一部となってしまった青髭。
わざわざ吊るしていく兄たちの度胸も、なかなかなものですね。
こうして、たくさんの女たちの中で青い髭の男が吊るされるという、あまり見たくない絵面ができ上がることになります。
そして、お妃だった妹は、ちゃっかり青髭の財産を根こそぎもらっていきます。
ある意味、一番怖いのはお妃だったのかもしれませんね……。
『青髭』のモデルはジル・ド・レ?
と、怖い童話として有名な『青髭』ですが、なんとモデルになったと言われる実在の人物がいます。
それが、「ジル・ド・レ」と呼ばれるフランスの貴族であり、軍人です。
百年戦争中のオルレアン包囲で、あの「ジャンヌ・ダルク」に協力して、戦った男です。
それまでは輝かしいキャリアを持つ軍人だったものの、ジャンヌ・ダルクが火あぶりになってから、がらっと性格が変わってしまったらしいです。
精神を病んだジル・ド・レは、子どもの血から金が作れると考え、200人以上の子どもたちを手にかけたと言われています。
これが、青髭のモデルとされる理由です。
昨今の日本でも、『Fate/Zero』というアニメで、キャラクターの1人、「キャスター(ジル・ド・レェ)」として登場しています。残酷なシーンで有名な、なかなかに強烈なキャラクターです。
『Fate/Zero』の中では「青髭のだんな」として、子どもたちに恐怖を与えながら、どんどん襲いかかっていく様子が描かれています。
ジャンヌ・ダルクを恋しむ姿など、モデルになった青髭とジル・ド・レをうまく描いていますね。
『青髭』を映像で見る
『青髭』は、『グリム名作劇場』のアニメシリーズの中で、映像化されています。
グリム童話の第2版以降で削除されたにもかかわらず、アニメになるほど注目されているわけです。
どのくらいの残酷さがあるのか、どのくらい怖いのか、映像で見たい方はぜひ覚悟して見てみてください。
また、フランス国内では実写で映画化もされています。
古いところで言えば、クロード・シャブロル監督の『青髭』 Landru (1963年)、最近のものでは、カトリーヌ・ブレイヤ監督の『青髭』 Barbe bleue (2009年)があります。
実写版ということで、リアルに怖い「青髭体験」を味わうことができるはずです。
後者はDVDで出ているので、興味があればお近くのレンタルショップに足を運んで探してみてください。
まとめ
グリム童話の初版に収められていた『青髭』、なかなか残酷で怖い話です……。
童話の中には、「これをしてはいけない」と言われた主人公が、その約束を破ることで苦境に陥るような教訓的な話がよくあります。
『青髭』にも、「好奇心は魅力的だが、後悔の種になる」というような教訓が添えられているように思えますね。
それにしても、その描写はなかなかに痛烈です。
グリム童話から消えてしまった話『青髭』。
本当に怖いグリム童話の、真骨頂といえるかもしれません。