この記事では、ミュージカル『ウィキッド』の原作小説『オズの魔女記』に出てくる魔女エルファバと、『オズの魔法使い』における「西の魔女」について、つながりと違いを見ていこうと思います。
『ウィキッド』の原作は、グレゴリー・マグワイアが書いた『ウィキッド――誰も知らない、もう一つのオズの物語』という小説で、日本語訳によっては、『オズの魔女記』とも呼ばれています。
わかりやすくするため、この記事ではミュージカル版を『ウィキッド』、原作の小説版を『オズの魔女記』と表記します。
そしてこの『オズの魔女記』の元をたどれば、アメリカ児童文学の名作『オズの魔法使い』に至ります。
『ウィキッド』、つまり『オズの魔女記』は、『オズの魔法使い』に登場する「西の魔女」を主人公にした物語です。
『ウィキッド』で描かれる西の魔女エルファバは、ただの怖い悪役ではありません。
彼女の過去や葛藤を知れば、彼女の見方が変わるかも?
『オズの魔女記』と『オズの魔法使い』の怖い西の魔女を比較して、2人の魔女のつながりと違いを、一緒に探ってみましょう!
作品のネタバレを含みますので、話の詳細を知りたくない場合は、ここから先はご注意ください。
『オズの魔女記』とは?
まず、簡単に『オズの魔女記』について解説します。
ミュージカル『ウィキッド』(Wicked)の原作であるこの作品は、グレゴリー・マグワイア(Gregory Maguire)が書いた小説です。
『オズの魔法使い』の続編とかではなく、マグワイアさんが『オズの魔法使い』をベースに書いた二次創作ものですね。
正式なタイトルは『ウィキッド――誰も知らない、もう一つのオズの物語』(Wicked: The Life and Times of the Wicked Witch of the West)です。
この物語は『オズの魔法使い』に登場する「西の魔女」を主人公にしており、彼女の過去や葛藤、そして悪者となった背景を細かく描いています。
ミュージカル化されたことで人気になった作品ですが、原作小説ではもっとシリアスな描写がなされています。
\ 『ウィキッド――誰も知らない、もう一つのオズの物語』を読む /
ちなみに、『オズの魔女記』として有名なのは、広本和枝訳のものです。
\ 『オズの魔女記』を読む /
『オズの魔法使い』はけっこう軽快なテンポで進む子ども向けな物語って感じでしたが、『オズの魔女記』のほうはよりダークなイメージです。
「ダーク」といっても、ファンタジーやミステリーのような怖さや不気味さではなく、古典文学のような「暗さ」を感じさせます。
これは筆者の個人的な印象ですが、『オズの魔女記』は、もはや人間社会の闇をあぶり出す純文学チックな小説です(笑)
ファンタジーっていうよりは、ファンタジーの設定をもった社会派ドラマ。
エンタメにとどまらず、差別や偏見、環境問題や宗教的な話なんかもいろいろとぶっ込んできています。
「魔女の物語」といういかにもファンタジーっぽいモチーフを使いながらも、もともとの児童文学を現代社会のメタファーに昇華させてしまったような、そんな感じです。
『オズの魔法使い』について
さて、ベースとなった『オズの魔法使い』(The Wonderful Wizard of Oz)は、ライマン・フランク・ボーム(Lyman Frank Baum)による児童文学の名作です。
1900年に出版されたこの作品は、アメリカ文学の古典として広く知られ、多くの翻訳や映像化を通じて世界中で愛されています。
読んだことがなくても、名前は聞いたことがあったり、映画や舞台で見たことがあったりする人も多いのではないでしょうか。
物語は、カンザスに住む少女ドロシーが、竜巻によって不思議な国「オズ」に飛ばされるところから始まります。
ドロシーは、家に帰るために「エメラルドの都」へ向かい、途中でかかし、ブリキの木こり、臆病なライオンといった個性的な仲間たちと出会います。
そしてこの一行の冒険の中で、倒すべきラスボス的な位置づけにいるのが「西の魔女」なのです。
彼女はドロシーの持つ銀の靴に執着し、それを奪うために必死になります。
\ 『オズの魔法使い』を読む /
『オズの魔法使い』における西の魔女
ということでまずは、『オズの魔法使い』に登場する「西の魔女」について、見てみましょう!
邪悪な魔女
この物語における「西の魔女」といえば、まさに悪いやつ!という感じで描かれています。
ドロシーたちの前に立ちはだかり、困らせる存在として、物語の中で存在感を発揮しています。
怖い魔女というイメージそのままのキャラクターです。
彼女は、オズの西の国を支配していて、住民たちを恐怖で支配しています。
グリム童話にも出てきそうな、「いかにも悪い魔女」な雰囲気が漂っています……。
物語の中でも、「邪悪な魔女」とか「悪い魔女」とか、ダイレクトに書かれちゃってますしね。
オズの世界でのヴィラン、ザ・悪役、つまりはエンタメ的なボスって感じなわけです。
悪い魔女と良い魔女の対比
『オズの魔法使い』に出てくる魔女の特徴の一つが、この悪い魔女と良い魔女の対比です。
西の魔女は完全に「悪」、そして南の魔女であるグリンダは「善」として描かれています。
ちなみに、「西の魔女」に名前はついていません。
グリンダは『ウィキッド』でも登場しますが、南の良い魔女というポジションとはちょっと違いましたね。
オズの国の住人から恐れられている悪い魔女と、ドロシーたちを助ける良い魔女。
これが、西の悪い魔女と、良い魔女グリンダとの関係性です。
さらに、「東の魔女」が悪い魔女として、「北の魔女」が良い魔女として登場します。
東西の魔女が悪くて、南北の魔女が良い。
この4人の魔女の「悪い」と「良い」の対比のおかげで、『オズの魔法使い』の魔女たちの関係性はシンプルにわかりやすくなっているんですね。
童話でもだいたい、悪い魔女と良い魔女がいたりしますね。
『オズの魔女記』におけるエルファバ
さて、『オズの魔女記』では、この「西の魔女」が「エルファバ」という名前を持ち、ただの悪役ではない複雑なキャラクターとして描かれています。
むしろ、「本当に悪い魔女なの?」と思ってしまうほど、人間味のあるキャラクターになって登場します。
複雑な魔女
エルファバは、とっても複雑なキャラクターです。
緑色の肌を持つというだけで社会から疎外され、差別や偏見にさらされながら成長します。
この背景が、彼女をただの悪くて怖い魔女ではなく、孤独なアンチヒーローのようなイメージとして浮かび上がらせているんです。
疎外される立場からの、反逆みたいなものが見て取れます。
どことなく、映画『マレフィセント』にも通じるところがあるかもしれません。
また、物語を通じて、彼女がなぜ「魔女」として恐れられるようになったのか、その経緯が丁寧に描かれています。
単純に「悪いことをしたから」ではないんですねー。
いかにして悪い西の魔女になったか……という、そんなシンプルな話ではありません。
『オズの魔女記』を読めば『オズの魔法使い』の裏側がわかる……って最初は思えるんですが、そんなレベルでもありません。
裏側どころか、それ以上にもっともっと多くの脚色がなされ、複雑で奥深い魔女として描かれたのがエルファバなのです!
「良い」と「悪い」が曖昧
『オズの魔女記』では、善と悪がはっきりと分かれていないのが大きな特徴です。
この人は良い魔女、あの人は悪い魔女、といった感じで、わかりやすい区別がありません。
エルファバに関しても、果たして「悪い魔女」なのかと疑うシーンが多々あります。
かといって、「良い魔女」なのかと言われると、そこもはっきりYESとは言えないように描かれています。
彼女自身の信念や正義感があるので、読者によって共感できる人と、できない人とで分かれそうですね。
悪い魔女とされたエルファバよりも、むしろ彼女を取り巻く周囲の社会や権力構造のほうが悪く見えてくることも。
西の魔女が「悪」というレッテルを貼られた理由を知ると、『オズの魔法使い』のほうの魔女の見方も、きっと新たな視点で楽しめるようになるはずです!
「西の魔女」とエルファバの違い
それでは具体的に、『オズの魔法使い』の「西の魔女」と『オズの魔女記』のエルファバとの違いを、ザっと見てみましょう!
外見と性格の違い
『オズの魔法使い』の「西の魔女」には、緑色の肌であるという描写はありません。
特に肌の色などには触れられていないので、緑色設定は『オズの魔女記』で生まれたものになります。
性格はわかりやすく、「意地悪で怖い」という典型的な悪役キャラクターです。
一方、『オズの魔女記』では、エルファバの緑色の肌という外見はもちろんわかりやすく描かれており、生まれたときからずっとフィーチャーされています。
性格としては、単純に意地悪だとか怖いだとかではなく、深い信念を持って行動するタイプといった感じです。
信念が深い分、ひとつひとつのセリフが深く重く感じられることもありますね。
たとえば、悪というものについて、こんな風に語る場面があります。
「悪について本当のところは」魔女はドアの入り口で言った。「あなた方の言ったどれとも違うわ。悪の片側しかわかってないのよ。人間の側しかね。……」
引用:『オズの魔女記』(大栄出版)
人間が悪の片側である……ということを言って、自分の考えを語ります。
エルファバは、こういった他の人が表面的にしか見ていない部分について、自分なりの想いがあるのでしょう。
役割の違い
『オズの魔法使い』では、「西の魔女」はドロシーたちの冒険を妨害する「障害」として描かれています。
簡単に言えば、倒されるために存在しているキャラクターです(笑)。
これに対して、『オズの魔女記』のエルファバは、物語の中心にいるシンボル的な存在です。
西の魔女がただの「悪役」として描かれるのに対し、エルファバは「社会のよそ者」として描かれています。
一人が除け者にされる魔女の役割としては、やはりグリム童話の『いばら姫』にも通じるところがあるかと思います。
彼女の緑色の肌は、ただ外見の特徴をわかりやすくしたというだけではなく、偏見や差別のシンボルでもあります。
そのため、読者や観客は、彼女に共感しやすくなっているんですね。
つまり、『オズの魔法使い』では「主人公を困らせる敵」なのに、『オズの魔女記』では「物語を動かす主人公」になっているというわけです。
魔女のスキルの違い
『オズの魔法使い』の「西の魔女」は、オズの西の国を支配する強力な魔女であるとの設定なので、攻撃面においても強そうなアイテムを持っています。
それが、「金の帽子」。
彼女は「金の帽子」を使って「空飛ぶ猿」を操り、ドロシーたちに襲いかかります。
この「金の帽子」は呪文が込められた魔法のアイテムで、3回だけ猿を命令通りに動かすことができます。
逆に言えば、アイテムを使わないと動かせないし、3回きりなので、さほど強力なワザでもないですね……。
一方の『オズの魔女記』のエルファバは、強力な魔法の才能を秘めているとされています。
大学で魔法を学び、その才能を開花させるという『ハリー・ポッター』的な展開です。
彼女は動物の権利を守るために魔法を使い、猿に関しては、翼をつけて自由を与えたりしています。
これは、『オズの魔法使い』で描かれた空飛ぶ猿との大きな違いですね。
「金の帽子」なるアイテムも登場せず、猿も命令どおり動くだけの手下ではなくなっています。
ただ、彼女の魔法は感情に左右されることが多く、完全に制御されているわけではありません。
ほうきに乗る自信がない、などといった描写もあるので、魔法スキルを使いまくる怖い魔女にはなりきれていないのです。
「西の魔女」とエルファバのつながり
とはいえ、やはりもともとは『オズの魔法使い』から派生してできたキャラクターであるエルファバさん。
もちろん、「西の魔女」とのつながりだっていくつか存在します。
水が苦手
『オズの魔法使い』に出てくる「西の魔女」は、水が苦手です。
実際、「西の魔女」の最期は、ドロシーにバケツの水をかけられるだけという、なんともあっけない終わり方をします。
はげしい怒りにかられて、ドロシーはそばにあったバケツをひっつかむと、魔女の顔めがけて一気に水をぶちまけた。
とたんに魔女は恐怖の悲鳴をあげた。そして、驚いて見つめるドロシーの目のまえで、全身びしょぬれになった魔女の体がみるみるちぢんで、くずれはじめた。
引用:『オズの魔法使い』(光文社古典新訳文庫)
まあ、こういう感じの倒され方が、『オズの魔法使い』らしい軽快なノリでいいのかもしれません!
そして、『オズの魔女記』でも、この設定をうまく活用しています。
『オズの魔女記』のエルファバは、幼い頃から水が苦手であることの描写がたくさん出てきます。
たとえば、赤ちゃんのときにエルファバが湖に触れた瞬間、水が激しく泡立って異常な反応を示したというエピソードがあります。
これが彼女の家族に衝撃を与え、それから、彼女の「水が苦手」という特性が強調されるようになるわけです。
さらに、彼女は雨にも絶対に濡れたくないため、雨の降る日は必死で身を守ります。
作中では、彼女が天候に細心の注意を払う姿がくり返し描かれていますね。
もちろん最期は、ドロシーに水をかけられるわけですが、『オズの魔法使い』ほどあっけなくはありません。
『オズの魔法使い』では、ドロシーは銀の靴を奪われそうになった怒りで水をぶちまけますが、『オズの魔女記』ではこんなセリフを吐きながらエルファバに水をかけます。
「私があなたを救ってあげるわ」ドロシーは魔女に水を浴びせかけた。
引用:『オズの魔女記』(大栄出版)
この場面では実は火事が起きており、エルファバは水が苦手=濡れていない=乾いているということで、火が燃え移ってしまうのです。
そう、ドロシーは、燃えるエルファバを助けようとして、水をかけるわけですね。
しかしこのセリフ、なかなか意味深に感じられます。
パッと見、ドロシーの勘違いでエルファバをやっつけてしまったように見えるのですが、エルファバの乾いた心に水を差し込んだ、みたいな解釈もできそうですね。
つまり、苦しみを終わらせてあげた、と考えることもできたりします。
そんなわけで、「西の魔女」の水が苦手な設定は、かなり深い意味を持った形で、エルファバへと引き継がれています。
本当、うまくつなげたものだと感心してしまいます(笑)
銀の靴を欲しがっている
『オズの魔法使い』の「西の魔女」は、ドロシーが「東の魔女」から受け継いだ銀の靴を奪おうと、ピリピリしながら機会を伺っています。
ところで、邪悪な魔女はドロシーがはいている銀の靴が欲しくてたまらなかった。
引用:『オズの魔法使い』(光文社古典新訳文庫)
銀の靴は、ただの靴ではなく、オズの国において絶大な魔力を持つアイテム。
同じ靴が鍵となる物語でも『シンデレラ』とは違って、靴自体にパワーがあります。
そのため、「西の魔女」はそのパワーを大いに欲しているわけです。
一方、『オズの魔女記』でも、銀の靴が重要なアイテムとして登場します。
エルファバはやはり、ドロシーが持っている銀の靴を欲するのですが、無理やり奪おうとはしません。
「まず、私に靴を渡しなさい」と魔女は言った。「それは私の靴なんだから。それから話しましょう」
引用:『オズの魔女記』(大栄出版)
いろいろと考えるところがあっての、冷静な対応です。
この靴は、エルファバの妹であるネッサローズが持っているものとして描かれ、エルファバにとっては妹との関係や自身の過去と向き合うシンボルとなっています。
そしてこのネッサローズが、設定上、「東の魔女」にあたる人物になります。
つまり、どちらの作品においても、銀の靴は「西の魔女」がとにかく欲しがるものになっています。
文脈は少し違えど、その背景に「東の魔女」の存在があるわけですね!
この辺りの話は、『オズの魔法使い』を読んでからすぐ『オズの魔女記』を読むと、「あー、そういうつながりだったのか!」(そういう設定なのか)と、妙に納得させられる部分があります(笑)
また、この銀の靴の魔力が、オズ(オズの世界を支配する魔法使い)の元にわたってしまうと大変だから……という理由からも、エルファバは銀の靴を手に入れようとしています。
権力とか、政治とかにも絡んできそうな話ですね!
まとめ
ということで今回は、『オズの魔法使い』と『オズの魔女記』に登場する西の魔女を比べて、2人の魔女のつながりや違いを探ってみました。
『オズの魔法使い』では、シンプルでわかりやすい悪役として、ドロシーたちの冒険を盛り上げるキャラクターでした。
一方、『オズの魔女記』では、エルファバという名前を持つ彼女が緑色の肌を持ち、信念を抱えた複雑なキャラクターとして描かれています。
この違いは、それぞれの作品が目指す読者層やテーマに由来しているのかもしれません。
児童文学としての『オズの魔法使い』では、怖い悪役を倒す冒険ストーリーとしてのエンタメ感がありますが、大人向けの『オズの魔女記』では、善悪の境界を問い直すような文学的な側面が強く出ています。
そんなそれぞれの物語に登場する西の魔女には、空飛ぶ猿や銀の靴、水が苦手なところなど、共通点もあれば違うところもたくさん。
同じキャラクターでありながら、まったく違う物語を紡ぎ出す西の魔女。
こういった変化を知ると、オズの世界がさらに広がる気がしますね!
この記事をきっかけに、『オズの魔法使い』や『オズの魔女記』、そして『ウィキッド』の世界をぜひ楽しんでみてください!
- グレゴリー・マグワイア 『オズの魔女記』 広本和枝(訳) 大栄出版, 1996年.
- ライマン・フランク・ボーム 『オズの魔法使い』 麻生九美(訳) 光文社古典新訳文庫, 2022年.
- Ritter, Gretchen. “Silver Slippers and a Golden Cap: L. Frank Baum’s The Wonderful Wizard of Oz and Historical Memory in American Politics.” Journal of American Studies, vol. 31, no. 2, 1997, pp. 171–202.
※リンクをクリックすると外部サイト(Amazonなど)に移動します。