今回はグリム童話の隠れたエグい名作、KHM046『フィッチャーの鳥』を紹介しよう。
グリム童話の中でも、「開けてはいけない」扉を開けて体をバラバラにされた娘たちと、その妹が助けに来て、最終的に復讐する童話だ。
パンドラの箱や玉手箱がそうであったように、物語の中で「開けてはいけない」と言われたものは、開けられる。
「開けてはいけない」と言われると、なぜかつい開けたくなってしまう。
そして、開けた人物に災いや後悔をもたらす。
『フィッチャーの鳥』でも、それは例外ではない。
いったいどんな災いがあり、どんなエグい展開になっていくのか、じっくりと紹介していこう。
誘拐犯の魔法使い
『フィッチャーの鳥』には、まず相当あくどい魔法使いが登場する。
この魔法使いの男は、貧しい身なりをして、あちこちの家々に物乞いをする。
そして、その家にかわいい女の子がいると、誘拐していってしまうのだ。
「かわいい」女の子限定らしいのが気になるが、とにかく悪いやつだ。
ある日、あわれな物乞いの格好をした魔法使いは、3人のきれいな娘がいる家の戸口にやってきて、少し食べ物をめぐんでほしいと頼む。
一番上の娘が出てきて、パンを1つ渡そうとしたとき、魔法使いが娘にちょっと触れる。
その瞬間、娘はあっという間に彼が背負っていたかごにとびこんでしまう。
そうなると、魔法使いは一目散に逃げ出して、暗い森の中の自分の家へ娘を担ぎこんだ。
『美女と野獣』のように、貧しい身なりをした人を差別して呪いを受けてしまうならまだしも、物乞いに施しをしようとしてさらわれてしまうなんて、割に合わない。
人の優しさにつけこむ悪。
性根の腐った魔法使いである。
「開けてはいけない」部屋
これまで、魔法使いにさらわれた女の子たちはその後見つかっていない。
一体、彼女たちはどうなってしまったのか。
今回さらわれた一番目の娘が連れて行かれた魔法使いの家は、とても贅沢なものであふれていた。
しかも、魔法使いは娘の欲しがるものはなんでも与えた。
意外にいいやつなのかもしれない。
と思わせておいて、2、3日した後に彼は娘にこう言った。
「わたしは旅に出るから、おまえを少しの間1人にしなくてはならない。これが家のカギだ。おまえは、どこへ入ってもいいし、なんでも見てかまわない。ただ、この小さなカギで開く部屋には入ってはならない。もしも入ったら罰として命をもらうことになるからね」
出た!
おなじみの「開けてはいけない」部屋だ。
しかも、罰として失うものは、命。
『青髭』の場合もそうだが、入っちゃだめならカギは渡さないでほしい。
(詳しくは⇒グリム童話から削除された『青髭』がやばい)
さらに魔法使いは、卵を1つ娘に渡してこう言った。
「この卵を大事にとっておきなさい。よりたしかなのは肌身はなさずもっていることだ。もしもなくしたりすると、不幸になるぞ」
娘はカギと卵を受け取り、魔法使いに言われた通りにすることを約束した。
魔法使いが出かけてから、家の中を上から下まですっかり見てしまった娘は、とうとう開けてはいけない部屋の前に立つ。
開けてはいけない。
でも、のぞいてみたい。
娘が部屋のカギを差し込んで少し回すと、ドアはパッと開いた。
その部屋にあったものは、大きな血だらけの水槽。
その中には、切り刻まれた人間の体。
木の台の上には、するどく磨かれたオノがあり、これで体をバラバラにしたことがわかる。
娘はおどろきのあまり、手にもっていた卵をポトリと血の水槽の中へ落としてしまった。
急いで拾い上げたものの、卵に血がついてしまってなかなか取れない。
ふいても、ふいても、卵の表面に血がにじみ出てくる。
さて、魔法使いが旅から帰ってくると、娘にカギと卵を出せと命令する。
卵についた血のしみを見て、娘があの部屋に入ったことがわかると、娘を投げ倒し、彼女の髪をつかんで、例の部屋まで引きずって行った。
そして、台の上で娘の首を切り落とすと、今度は手や足をこま切れにし、他のバラバラ体が入っている水槽の中に娘の体を投げ込んだ。
そして、彼はこう言う。
「今度は、2番目の娘を連れてくるか」
血も涙もない解体作業によって、床には娘の血があふれている。
そして、心はもう次の獲物に向かっている。
まったく、おそろしい男である。
ここまで来ると、もはやスプラッタホラー並のストーリー展開だ。
バラバラの体をくっつける3番目の娘
魔法使いは意志を貫き、2番目の娘も連れてくる。
悲しいことに2番目の娘も姉と同じ目にあい、魔法使いにバラバラにされてしまう。
しかし、3番目の娘はかしこく、抜かりがなかった。
3番目の娘は、魔法使いからカギと卵を受け取ると、まず卵を大事にしまって持ち歩かないようにした。
確かに持ち歩かなければ、落とさない。頭いい。
それから、入ってはいけない部屋に入り、無残な姿になってしまった姉たちを発見。
驚愕のあまり失神するかと思いきや、3番目の娘はここでとんでもない行動に出る。
なんと、血の水槽の中に入った姉たちのバラバラの手足を集め、頭と胴と腕と足をきちんとそろえ始めたのだ。
なんだこの猟奇なスプラッタ展開は。
それにしても、まったくもって勇敢な娘である。
血みどろのバラバラな体に触るだけで怖いのに、肉親のちぎれた体を集めてそろえるなんて、とてもマネできない。
そして、彼女のこの勇気ある行動が奇跡を起こす。
全部のパーツがそろった途端、姉たちの手足が動き出し、体がくっつき、彼女たちは目を開けて生き返るのだ。
まさにグリムの奇跡。
娘たちの復讐劇
さて、魔法使いが戻ってくると、今度は娘たちの復讐が始まる。
魔法使いが例のごとく、3番目の娘にカギと卵を出させると、卵に血が付いていない。
そこで、魔法使いは娘を花嫁にすると言う。
すると、3番目の娘は魔法使いに向かってこう言う。
「それじゃあ、あなたは婚礼の前に金のつまったかごをわたしの両親のところに届けてちょうだい。自分でそのかごをしょっていくのよ。その間に、わたしは婚礼のしたくをしておくから」
実はこのかご、金の下に2人の姉たちが入っている。
そうとは知らず、魔法使いはこのかごをしょって娘の家まで歩いていくのだが、かごが重くてたまらないため、途中で何度か休もうとする。
するとそのたびに、かごの中から姉の1人が3番目の娘のまねをして大声で言う。
「窓から見ているわよ。休んでいるわね。さっさとお行きなさいよ!」
魔法使いは、本当に3番目の娘が見ているんだと思い込んで、休むことも出来ず、娘たちの家まで歩き続ける。
意外にも、花嫁には抵抗できない性格らしい。
これにより、魔法使いをどんどん家から遠ざける作戦に成功する。
その間に、花嫁になるはずの3番目の娘は “婚礼のしたく” を整えた。
最後はどくろに花輪をかぶせ、それを屋根裏の窓の前へ持っていき、外をのぞいているように置いた。
その後、娘はハチミツの樽の中に入り、切り裂いた羽根ぶとんの上に転がった。
そうして、彼女は奇妙な鳥の姿になると、家の外へ出て実家に帰るのだった。
娘が鳥の姿で実家に帰る途中、娘の家から戻ってくる魔法使いとすれ違う。
魔法使いは娘とは気づかず、その鳥に、こう尋ねた。
「フィッチャーの鳥さん。どこからおいでなすった?」
すると彼女はこう答える。
「フィッツェ・フィッチャーのおうちから来たよ」
このやり取りで、やっと「フィッチャーの鳥」が出てくる。
要するに、3番目の娘が鳥に変装したというだけのことだ。
で、魔法使いが自分の花嫁はどうしているかと尋ね、フィッチャーの鳥さんは娘が屋根裏の窓からのぞいていると答える。
屋根裏のどくろを見上げた魔法使いはそれが花嫁だと思い込み、自分の家へ帰って行った。
ところが、魔法使いがほかの客たちと家の中へ入った時、花嫁を助けるために駆け付けた花嫁の兄弟や親せきが魔法使いの家に到着する。
彼らは、その家の戸を全て打ち付け、だれも外に出られないようにしてから、家に火を付けた。
こうして、魔法使いは、仲間の悪党たちと一緒に焼かれて、命を落とす。
まとめ
グリム童話『フィッチャーの鳥』、いかがだっただろうか。
童話でコミカルに描かれるからいいものの、プロのホラー作家が本格的にノベライズしたら想像するだけで震え上がりそうだ。
怖いグリム童話にふさわしい一作である。
ちなみに、『フィッチャーの鳥』は「まっしろ白鳥」や「水かき水鳥」なんて名前で呼ばれることもある。
真っ白い羽根に覆われた純白の鳥の話。
と思いきや、これは誘拐常習犯の魔法使いがかわいい女の子をバラバラにして水槽に入れ、犠牲になった姉たちの体のパーツを血の海から救い上げ、妹がつなぎ合わせて生き返らせ、悪党を家ごと燃やして復讐する話だ。
なかなか常軌を逸した怖い童話ではないだろうか。
描写がエグい系のグリム童話がお好きなら、こんなのもオススメだ。