今回はグリム童話の中から、悪魔のせいで運命を狂わされ、両手を切られる娘の話を紹介しよう。
その童話とはKHM031『手なし娘』である。
一体、何が起こって娘は手を切られてしまうのか。
その引き金をひいた悪魔は、どんな悪さをして、どのように悪魔的なのだろうか。
両手を切られる怖いグリム童話を、じっくりと見てみよう。
悪魔との契約
『手なし娘』は、ある貧しい粉ひき男が怪しい老人と、これまた怪しい約束をしてしまうところから始まる。
ある日、粉ひき男が薪を拾っていると老人がやってきてこう言う。
「おまえの水車小屋の裏にあるものをくれるっていうのなら、金持ちにしてやるよ」
俺の家の裏?リンゴの木のほかには何もないぞ、と思いながら、粉ひき男はその提案にOKしてしまう。
老人はにやり。
「3年たったら、約束のものをもらいに行くよ」と言って立ち去った。
なんとこれが悪魔との契約だったのだ。
その日、粉ひき男が家に帰ると、お金がザクザク入った箱がいくつも届いている。
驚いている女房にことのいきさつを話すと、女房は顔色を変えてこう言った。
「ああ、あんた、それは悪魔にちがいないわ。悪魔はリンゴの木なんかじゃなくて、うちの娘をくれと言ったのよ。あの娘は、水車小屋の裏にいて庭をはいていたんだもの」
そう。悪魔の狙いは粉ひき男の美しい娘だったのだ。
娘の両手が切られる
この娘は美しいだけではなく、とても信心深かった。
悪魔が迎えに来るまでの3年間、彼女は神様をうやまい、罪を犯すことなく暮らしていた。
いよいよ悪魔が娘を引き取りに来る日。
彼女は自分の周りにチョークで輪を描く。
チョークで描いた輪の中は神聖な場所になるので、悪魔は入ることができないらしい。
娘に近づくことができないので悪魔は怒る。
次の日、悪魔はまた娘の元へやってきた。
しかし、娘が顔に両手をあてて泣いたので、今度は涙で娘の両手がすっかりきよめられていた。
またしても、悪魔は娘に近づくことができない。
悪魔は火のように怒って、粉ひきにこう言った。
「おまえの娘の両手を切りとってしまえ!」
粉ひきは、いったんは食い下がるものの、悪魔の脅しに屈してしまう。
「こまっているわたしを助けておくれ」という父親に娘は両手を差し出し、「お父さんがしたいようにしてください」と言う。
ジャキン。両手切断。残酷すぎる。
3度目に悪魔がやってきたとき、娘は手のない両腕を涙で濡らしていた。
その腕は、すっかりきよめられていたので、悪魔はひきさがるほかなかった。
こうして事なきを得たものの、娘は両手を失った。
なにかもっと他に悪魔撃退の方法があったのでは...
悪魔の復讐
さて、両手を失った娘は、粉ひきの家を出ていくことにした。
突然、両手を失って、一人で生きていくなんて相当の覚悟だ。
彼女は手のない腕を背中にしばりつけてもらい、家を出てから一日中歩き続けた。
夜になり、ある王様の庭へたどり着くと、そこには美味しそうな果物がたくさんなっていた。
手なし娘は、そこで洋ナシを食べた。
実は、庭師がその様子を見ていたのだが、娘のそばに天使が立っていたため、彼は娘を幽霊だと勘違いして、あえて何もしなかった。
翌朝、王様は洋ナシが1つなくなっていることに気が付き、事の次第を庭師から聞いた。
果物の数をいちいち数えているなんて、けっこう暇な王様だ。
庭師から幽霊と天使の話を聞いた王様は、その日の夜、司祭と一緒に娘を待ち伏せした。
真夜中になると、娘は茂みからはいだして、また洋ナシを1つ口でもぎ取って食べた。
司祭が出て行って娘に、おまえは幽霊か、人間か、と尋ねると、手なし娘は自分はだれからも見捨てられたあわれな人間だと答えた。
すると王様は手なし娘にこう言う。
「世界じゅうから見捨てられても、わたしはおまえを見捨てはしないぞ」
王様、なかなかかっこいいじゃないか。
王様は手なし娘がたいそうきれいで信心深かったため、彼女を心から愛し、彼女のために銀の手をつくらせ、彼女をお妃にした。
シンデレラのようなハッピーエンド。
が、しかし、悪魔があのまま引き下がるわけはなかった。
娘の幸せをぶち壊す、悪魔の復讐が始まる。
結婚して1年後。
王様は身ごもったお妃(手なし娘)を置いて、旅に出る。
王様は自分の母親に、子どもが産まれたら、すぐに手紙で知らせるようにと頼んでいた。
手なし娘は美しい男の子を産み、王様の母親は手紙を書いた。
ところが、手紙を運ぶ使いの者が途中で眠ってしまったところへ、例の悪魔がやってきて、手紙をすり替えてしまう。
その手紙にはお妃さまがとりかえっ子を産んだ、と書いてあった。
ちなみに、とりかえっ子とは、こびとや悪魔、妖精にとりかえられたみにくい子のことらしい。
(関連のお話 ⇒小人の靴屋というグリム童話がじわじわと怖い)
王様はその知らせに悲しんだが、自分がもどるまでお妃さまを大切にするように、と返事を書いた。
ところが、またしても手紙を運ぶ使いの者は途中で寝てしまい、悪魔がやってくる。
悪魔がすり替えたにせの手紙には、「お妃と赤んぼうをこの世から葬り去るように」と書かれていた。
王様の母親はびっくりしてもう一度王様に手紙を書いたが、毎回、悪魔が手紙をすり替えてしまうので、何度やっても同じ内容の手紙しか来なかった。
しまいには、お妃の命を奪った証拠として、お妃の舌と目玉をとっておくように、と手紙に書いてある始末。
老いた母親は、仕方なしにメスのシカの舌と目玉を切り取り、お妃を逃がした。
悪魔は自分で手を下さず、お妃と赤んぼうを亡き者にするつもりだったのだ。
自分で手を下さないあたりがあくどい。さすが悪魔。
天使の御加護
王様の母親から、二度と戻ってきてはいけない、と言われたお妃こと手なし娘は、背中に子どもをしばりつけ、泣きながらお城をあとにする。
どこまでいっても悪魔に追われるかわいそうな娘。
しかし、天は彼女を見捨てなかった。
手なし娘が大きな森の中で神様に祈ると、天使がやってきて『ここでは、だれでもただで泊まれる』と書かれた小さな家に案内する。
その家から、今度は別の天使が出てきて、手なし娘と子どもをもてなす。
この天使は、二人のために来たと言って、親切に二人の世話をした。
さらに、神様のお恵みで手なし娘の両手は元通りになる。
さて、旅から戻った王様は母親から全てを聞いて深く悲しむ。
しかし、二人が生きていることがわかると、今度は二人を探す旅に出る。
7年探し続け、弱りはてた姿で、大きな森にやってきた。
そこには、『ここでは、だれでもただで泊まれる』と書いた小さな家がある。
天使に迎え入れられた王様は、少し休みたいと、横になる。
そこへ手なし娘と息子のシュメルツェンライヒ(「悲しみでいっぱいな子」という意味)が入って来た。
王様が、お妃の手を見て、自分の妻は銀の手をもっていたと言うと、天使がお妃の部屋から銀の手を持ってくる。
それでようやく王様はそれが自分の妻であり、息子であることを知り、喜んだ。
こうして3人はお城に帰り、幸せに暮らした。
悪魔につけ狙われ、たびたび嫌がらせをうけるものの、神様と天使のおかげで、手なし娘はこうしてようやく幸せになれるのである。
まとめ
いかがだっただろうか。
やっぱり悪魔は敵に回したくない。
娘が信心深く、天使や神様に守られていたからいいものの、両手を失い、しつこく命を狙われ、家やお城を追われ生きていくなんてやっぱり楽しいものではない。
娘が自分の息子につけた「悲しみでいっぱいな子」という名前にも、きっと彼女のそういう複雑な想いが込められているのかもしれない。
悪魔は怖い。
どんなことがあっても悪魔との約束はしないよう、ご注意を。
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