可愛らしい絵本や漫画などでも有名な『赤ずきん』。
グリム童話の中でオオカミが出てくる話といえば、真っ先に『赤ずきん』が思い浮かぶのではないでしょうか。
きっと、かわいい赤ずきんをかぶった女の子の話を一度は聞いたことがあると思います。
赤ずきんちゃんが病気で寝ているおばあさんの元にお見舞いに行くと、おばあさんに化けていたオオカミにペロリと食べられてしまう。たまたま通りかかった猟師が、赤ずきんちゃんと、先に食べられていたおばあさんを助けるという話です。
実はこのあと、原作であるグリム童話の『赤ずきん』には、さらに続きがあります。
オオカミと赤ずきんちゃんのバトルは、一度ではないのです。
今回は、グリム童話版のKHM026『赤ずきん』を読み返しながら、本当は怖い赤ずきんちゃんの世界をご紹介したいと思います。
『赤ずきん』のずる賢いオオカミ
『赤ずきん』に出てくるオオカミは怖い!
ずる賢く、計算高いうえに、1日でおばあさんと赤ずきんちゃんの2人をすっかり食べてしまうほど、大きいのです。
赤ずきんちゃんがお母さんのお使いで、病気のおばあさんのお見舞いに出かけると、すぐに1匹のオオカミがやってきます。
赤ずきんちゃんの家からおばあさんの家までは30分程度の距離とされているので、オオカミがすぐに出てこなければ、赤ずきんちゃんはとっくに辿りついていたでしょう。
つまり、オオカミはずっと森の入り口で、子どもが通りかかるのを狙っていたのです。
さて、オオカミは「こんにちは、赤ずきんちゃん」と優しく話しかけました。
そして、会話をうまく誘導して、おばあさんが住んでいる場所を巧みに聞き出します。
オオカミは、こっそり考えます。
「この小さな、やわらかそうな子は、脂がのっているな、ばあさんより、ずっと味がよさそうだ。2人ともごちそうになるには、うまいことやらなくちゃな」
美味しそうな赤ずきんちゃんだけならまだしも、たいして美味しそうでもないと思っているおばあさんまでも、すっかり食べてしまおうと考えているのです。
貪欲ですね。
赤ずきんちゃんが花を摘みながら、森の奥深くに入っていくように仕向けると、今度は弱っているおばあさんのところへ行きます。
そして、こう言うのです。
「赤ずきんよ、ケーキとワインをもってきたの。開けてちょうだい」
赤ずきんちゃんが来たと思ったおばあさんがドアの開け方を教えると、オオカミはまっすぐにおばあさんに近づき、いっきに飲み込んでしてしまいます。
独り暮らしのご老人の孫に対する優しい気持ちを利用した、グリム童話版・オレオレ詐欺。
大人一人を飲み込んでしまう食欲と口の大きさも恐ろしいですが、このずる賢さが最も恐ろしいですね。
ようやく赤ずきんちゃんがおばあさんの家にやってくると、オオカミはおばあさんのふりをして、赤ずきんちゃんを自分の近くにおびき寄せます。
赤ずきんちゃんが「おばあさん、なんておそろしく大きな口なの!」と言うと、「おまえを、さっと食うためさ!」と叫んで、オオカミは赤ずきんちゃんをもペロリと飲み込んでしまう。
実はグリム童話より前の原作として、シャルル・ペローの童話集にも入っている『赤ずきん』。なんとペロー版は、ここで話がおしまい!おばあちゃんも赤ずきんちゃんも食べられたまま、助からず、オオカミのおなかの中で人生の幕を閉じるのです。文字通り、救いようのない悲劇の童話ですね。
グリム童話版ではここからがダークな『赤ずきん』の見どころ。
オオカミへの壮絶な復讐が始まるのです。
赤ずきんちゃんの復讐
オオカミに飲みこまれた2人は、猟師の手によって無事に助けられます。
ここからの復讐劇が、よく考えるとけっこう残酷。
2人をペロリと飲み込んだオオカミはおなかが満たされたので、いびきをかきながら眠ってしまいます。
そこへ通りかかった猟師は、「おばあさんがこんな大きないびきをかくなんておかしい」と思い、部屋の中へ入ります。
すると、オオカミが寝ています。
それをみて、猟師は
「おばあさんが食べられたのかもしれない、ひょっとするとまだ助けられるぞ」
と考えます。
そして、ハサミでオオカミのおなかをチョキチョキチョキ。
すると、中から赤いずきんをかぶった女の子とおばあさんが出てきました。
2人とも、オオカミの胃液で溶けてなくて本当によかった!
この時、オオカミはまだ寝ています。
腹を裂かれて胃やら腸やらが出されても、寝ています。
ここにきて、赤ずきんちゃんの残酷さが垣間見えてきます。
彼女は急いで外へ走っていき、大きな石を持ってきます。
それを見たおばあさんと猟師は、赤ずきんちゃんと一緒になってその石をオオカミのおなかに詰め込むのです。
オオカミのおなかに石を詰めることを思いつき、しかも3人がかりでやっとオオカミのおなかに詰められる大きな石を、一人で家の中に持ってくるわけですね。
なかなか力強い女の子です。
目を覚ましたオオカミは飛んで逃げようとしますが、石が重すぎて、バッタリ倒れて命を落とします。
3人は大喜び。
それならおなかを裂いた後に、ひと思いに逝かせてあげた方が親切だったのではないかと思いますが……。
しかし、きっとそれではだめなのでしょう。
オオカミにしっかりと恐怖と痛みを感じさせて学ばせるために、3人はあえて残酷な手段を選んだわけです。
この「飲み込まれたものの代わりにオオカミのおなかの中に石を詰める」という復讐方法、どこかで聞いたことはないでしょうか?
そう、同じくグリム童話に収められたKHM005『狼と七匹の子山羊』の結末にそっくりなのです。
これは偶然ではなく、グリム兄弟がわざとやったこと。
食べられて終わってしまうペロー版原作の『赤ずきん』に、『狼と七匹の子山羊』の結末をくっつけたのです。
こうして、オオカミを倒しておばあさんと幸せになる女の子の物語が誕生したわけです。
赤ずきんちゃんとオオカミの戦い第2回戦
しかし、赤ずきんちゃんとオオカミの戦いはこれで終わったわけではありません。
グリム童話原作の『赤ずきん』には、「第2回戦」が存在します。
あるとき、赤ずきんちゃんがまたおばあさんのところに焼き菓子を届けにいこうとすると、別のオオカミが声をかけてきます。
2匹目のオオカミは、赤ずきんちゃんを脇道にそらそうとしました。
しかし前回の失敗から学んだ赤ずきんは用心して、まっすぐにおばあさんの家に行きます。
そしておばあさんに、途中であやしい目つきをしたオオカミに話しかけられたことを報告しました。
2人が鍵を閉めて、家の中にいると、オオカミがやってきて戸を叩きながらこう言います。
「開けてちょうだい、おばあさん。赤ずきんよ。焼き菓子をもってきたわ」
家の中に赤ずきんちゃんがいるのに、彼女のフリをしてしまうわけです。
第1回戦でのオオカミとちがって、ずいぶん間抜けですね。
ドアをノックされても、もちろん2人は出てきません。
そこでオオカミは、赤ずきんが夕方になって帰るまで屋根の上で待機することにしました。
一人になった赤ずきんを暗闇にまぎれて食べてやろうと考えたのです。
けれども、おばあさんには、そんな浅はかなたくらみは通じません。
赤ずきんちゃんに、ソーセージの煮汁を家の前のえさ箱に入れるよう指示します。
そこで、赤ずきんちゃんはこの大きな石のえさ箱がいっぱいになるまで、せっせと煮汁を運びます。
すると、オオカミはソーセージのいい香に誘われて、下をのぞき込み、屋根からズルッとすべりおちて、大きなえさ箱の中へまっさかさま。
そのまま溺れてしまいました。
やっぱり、間抜けなオオカミです。
なにはともあれ、この悪いオオカミはこの世からいなくなり、今回も赤ずきんちゃんの勝利。
赤ずきんは喜んで家に帰っていきました。
まとめ
赤いずきんをかぶったかわいい女の子のイメージは、CMやドラマなどでも目にすることがあります。
お母さんのお使いの途中、悪いオオカミに誘惑されて、おばあさんと一緒に食べられてしまうかよわい女の子のイメージは、そのまま『赤ずきん』という童話のかわいいイメージにつながっているのかもしれません。
しかし、グリム童話の赤ずきんちゃんは、自分とおばあさんを食べたオオカミに対して、それ相応の仕返しをします。
それに続く別のオオカミとの物語では、自分の命を守るために、オオカミの命をも奪っています。
グリム童話の『赤ずきん』は食べるか食べられるか、生き残れるかどうかの真剣なサバイバルゲームの物語なのです。
リアルな命のやり取りが繰り広げられる本当の『赤ずきん』は、やっぱり怖い物語ですね。